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Und übrigens, für das japanischsprechende Volk unter meinen Lesern hier ein kleiner Gourmet Brocken. :-D Dank meiner Freundin Mayuko (Grammatik) und meiner Tutorin Hiromi (Inhalt) habe ich einen 4000 Zeichen starken Aufsatz über Hebammen in Japan abgeben können, der mir ein Lob einbrachte. Die Grammatik als auch der Inhalt habe der Lehrerin wohl sehr gefallen. Nach der Hexe im letzten Semester tat das ganz gut zu hören – auch wenn ich das auf keinen Fall ohne oben genannte Damen geschafft hätte!!! Daher hier noch einmal ein großes Dankeschön an auch beide – 手伝ってくれて大変有難う!!!

1. 研究の目的と方法
 2007年1月27日に日本で柳澤伯夫元大蔵官僚が日本の女性を「産む機械」と呼んだことがニュースで問題になった。実は、彼はその発言時に「…機械って言ってごめんなさいね…」とも言ったが、実際に妊婦に対して日本ではどういうイメージがあるのだろうか。
ドイツでは妊婦は病気ではないが、特別な状態なので、妊婦の方に対して丁寧な気遣いがなされる。重い物を持ち上げてはならず、ゆっくりできるよう、よく助けられる。これに対し、日本では妊婦は病気ではないので、普段どおりの生活ができると思われていると聞いた。
私は2003年頃から、助産師について大変興味を持っている。日本とドイツとでは文化や医療制度などが違っているため、日本での出産や母親であること、助産師の役割などは、ドイツと比べると大きな違いがあるのではないかと思うようになった。
そこで、本論文では日本とドイツを比較して、日本人が妊婦に対して「産む機械」というイメージを持っている事が、事実であるかどうかを検討することにした。
研究の方法は以下のとおりである。
まず、このテーマについての本を探し、日本の助産をテーマにしている雑誌の記事や「Japan Healthbook」と言う日本に住んでいる外国人向けの本などを読んだ。特に「Healthbook」では欧米と日本の比較が行われていたので、資料として役立った。
また、千葉大学医学部附属病院で出産室を見学し、病院で働いている医者と助産師にインタビューを行った。そして、横浜に住んでいる日本人の助産師と日本の母親にもインタビューをした。後者の女性は最初の娘を日本で産み、以前ドイツに滞在していた際に第二子である息子を出産した。そのため、日本とドイツの出産をめぐる環境の比較ができ、貴重な意見となった。
さらに、ドイツのベッティナ・ラングナーという助産師と文通し、ドイツの助産に関する事情について様々な情報を得ることができた。

2. ドイツと日本の比較
2.1. 健康保険について
日本では妊婦は病気ではないので、通常の分娩と関係する検診のお金以外は、健康保険が適用されない。例えば、羊水検査や余分な超音波検診などの特別な検診を受ける場合は、自分で支払わなければならない。ただし、分娩の後に健康保険から一回につき38万円程度支払われる。
それから、日本では妊娠が判明したあとに、市役所に届け出なければならない。そのとき「母子手帳」を様々なクーポンと共に配付される。一方、ドイツでは母子手帳のような「お母さんのパス」というものがあり、市役所に届け出を提出しなくても、病院で受け取る事ができる。市役所には分娩の3週間後、出生届けを提出する。
医者から勧められている検診はドイツと日本で非常によく似ている。日本の「母子手帳」には子供の健康について、種痘証明書の欄があるが、ドイツでは種痘証明書は特別な手帳であるため、「お母さんのパス」には、妊娠中と出産後の母子の特別な検診のみが記入される。千葉大学医学部附属病院の助産師によると、地域によって異なるが、通常24週目まで月に一回、その後は2週間おきに、36週目からは毎週検診を行うということである。

2.2. プライバシー
日本の病院は検診の椅子に座っているとき、腰からカーテンで仕切られるが、ドイツにはそういったものはない。また、日本ではドイツ程、プライバシーに留意しないそうだ。千葉大学医学部附属病院を見学した際、出産の前には、自分専用の部屋がないことが分かった。最初に、超音波検診やモニター検診をするときは、他の妊婦と同室で、それぞれはカーテンだけで仕切られている。そして、陣痛が始まったあとで陣痛室に入るが、その部屋もやはり他の妊婦と同室でカーテンの仕切りしかない。その部屋には夫や、妊娠している女性の母親などが入ることができるが、同じ時間に一人しか入れないということも分かった。出産の1時間程前に、個室の出産室に入って、分娩を行う。もちろん、これは千葉大学医学部附属病院の例に過ぎず、より大きな大学の病院や小さい病院や助産院など、病院によって違いがあると思われる。ドイツでは、陣痛が始まった後、通常の場合、個室に移動しそのあと出産室に入る。以上のことから、日本とドイツとでは違う点があることが分かった。
丸山・清水・鶴牧(1995, p. 93)は、日本で出産を経験した欧米人の妊婦が、インタビューの際「The entire experience was even more wonderful than I could have imagined(日本での出産経験は思ったよりすばらしかった)」と答えている模様を述べている。

2.3. 出産の準備
水泳やエアロビクスなどは日本でもドイツでも、妊婦に対して勧められている。その他にも様々な運動が勧められているが、例えば、先述した、日本とドイツ両国で出産を体験した方によると、ドイツで妊娠しているときに医者から「自転車に乗るとよい」と勧められ、非常にびっくりしたそうだ。それについて当時ご主人と話したところ、ドイツでは自転車専用の道があり、非常に走りやすいのでそんなに危険ではないと思われるのであろうという結論に至ったという。それに対して日本では、街路が狭く、専用の道もないので、妊婦が自転車に乗ることは避けるだろう。

2.4. 夫の立会い分娩
 一番大きな日本とドイツの相違点は、ドイツでは夫の立会い分娩が大変多いという点である。日本とは違いドイツでは、出産が家族ぐるみのことであると考えられているからだ。夫は可能なら臍帯を切ったり、出産前に行なわれる講習にもよく参加するし、最近では夫も育児を助けることが多くなっている。
一方、日本では、出産の前に行う講習には、夫婦で参加することが多くなってきたものの、夫は育児にあまり積極的ではないということが現状としてあるそうだ。

2.5. 帝王切開率について
 ドイツのFederal Centre for Health Education(連邦保健教育センター?) によると、ドイツの帝王切開率は27%程度である。一方、厚生労働省によると日本の帝王切開率(2005)は17.1%(一般病院21.4%で、一般診療所12.8%)程度である。ドイツでは妊婦が、痛みが怖い、自分の好きな日時に産みたい(例えば:2005年5月5日や夫が休みの時)などの理由から医学上の理由がなくても帝王切開をすることがある。日本人の助産師と千葉大学医学部附属病院の職員と話した際、その事に大変驚かれ、そういったことは日本では原則的には行なわれないと言われた。日本では医学上の理由がない場合、帝王切開の費用には健康保険が適応されない。そのため、医者は医学上の理由を作り出して、健康保険から患者に対して費用が支払われるようにすることがある。健康保険はこの欺瞞を実証しにくいので、徐々に問題になっているとのことである。
1985年にWHOが行った調査によると、帝王切開率が増えた際、最初は幼児死亡率が減少したが、その後帝王切開率が10%~15%ぐらいに増えていっても、幼児死亡率は一定であったという。したがってこの調査から、この15%以外の帝王切開は医学上の理由なくして行なわれていた事が分かる(WHO, 1985)。不必要な帝王切開は、果たして健康に影響を及ぼさないだろうか。ドイツの健康保険組合である「Techniker Krankenkasse(TK)」の調査によると、帝王切開をした女性の55%がもし正常分娩をしていたら、母子関係はより良いものとなったであろうと述べている (TK, 2009 ; p. 7)。また自然分娩中、産児は羊水を肺から絞り出すが、帝王切開の場合それが行なわれない。その影響からか呼吸器官に問題がある乳児は、帝王切開で生まれた乳児のほうが正常分娩で生まれた乳児より2倍から4倍ほど多いという(TK2005, p.11)。

2.6. 母乳授乳について
日本人の助産師によると、母乳による授乳は日本では大変重要視されているという。ドイツでは最近、母乳による授乳を推奨するキャンペーンが行われている。仕事が忙しい、やる気が無いなど様々な理由で、母親が母乳で授乳しないからだ。それに対して、日本人の助産師によれば、日本では、母乳で授乳しない母親は悪いお母さんと言うイメージがあるので、多くの母親がプレッシャーを受けている。その結果、ストレスで母乳の量が少なくなり、プレッシャーはより大きくなるという悪循環になってしまうことがある。ドイツの助産師の話によると、その問題はドイツでもあるそうだ。しかし、ドイツでは、母乳による授乳に全く関心のない母親も数多くいるということだ。

3. 結論
ドイツで初めて日本の妊婦についての話しを聞いた時は驚いた。日本では妊婦は病気ではないので、家事や普通の生活を続けられると考えられているが、それはドイツ人の私にとっては変なことである。ドイツの妊婦は、大変気をつけて生活を送っている。
 日本ではドイツと比べると、ほとんどの場合分娩中に痛み止めが使われないし、帝王切開の率はドイツと比べてそれほど高くない。帝王切開は自然分娩ではないので、母子関係や新生児の健康に悪い影響を及ぼすことが指摘されている。それにもかかわらず、ドイツで医学上の理由がない多くの帝王切開が行なわれているところをみると、ドイツ人は出産を安易に考え過ぎではないだろうか。ドイツの女性は自然分娩に対して消極的になってきたのではないだろうか。
 日本の女性は分娩後5日程病院にいるが、ドイツでは長くても2日程で退院するし、出産当日に帰宅する事もある。出産後、家に帰ったら、もちろん家事や育児をしなければならないが、ドイツでは夫が積極的に手伝うので、ゆっくり休むことができる。病院で産後の休養をとることは難しい。病室には毎日知らない人が入ってくるし、慣れたところではないのでリラックスできないということが理由として挙げられる。
 つまり、日本で出産するということには、あらゆる面でドイツに比べて心労が多すぎるのではないだろうか。(例えば、母乳授乳のストレス、出産時の痛み止めの使用制限など)したがって、日本とドイツはお互いの良いところを学び合い、取り入れるべきではないか。

Und wieder bin ich um ein Erlebnis (und einige Yen) reicher! Letzte Woche bekam ich von Herrn Seino die Anfrage, ob ich (gemeinsam mit Svea und anderen Japanern) für die Düsseldorfer Mädchenfussballmanschaft, die von der Präfektur Chiba eingeladen wurde, zu übersetzen. Die Mädels im Alter zwischen 12 und 17, waren größtenteils wirklich eine nette Bande, wenn auch…. naja pubertäre Mädchen halt. ;-) Den ersten Tage begleiteten wir sie erst einmal in das Freilichtmuseum und ich durfte bei einer Teezeremonie übersetzen. Aus irgendwelchen mir unerfindlichen Gründen wurden wir an diesem Tag von einem Präfektur Herren mit dem Auto zum Museum und wieder nach Hause gebracht. Die Hinfahrt war nett, der Mann war intelligent genug, die Autobahn zu nutzen. Der Mann auf der Rückfahrt hatte einen unglaublich komisch gefederten Audi, einen beschissenen Fahrstil und dazu noch die bekloptte Idee über kurvige, schlecht bestrasste Wege zu eiern. Und so war mir innerhalb kürzester Zeit mal wieder schlecht – fast so schlimm wie damals auf dem Weg nach Osaka. Kurz bevor mir mein Frühstück dann endgültig hoch kam, schob sich die Karre Gott sei Dank auf eine Autobahn und mir wurde ein kleiner erquickender Schlummer zuteil.
Gestern war dann Großkampftag in Tokyo. Abfahrt 13h3…. ne, halt. Lauter junge Mädchen. 13h58 wurde es…. :-S Als erstes dann einen Tempel in Asakusa, dann das Elektoviertel Akihabara, anschließend bummeln und Abendessen in Harajuku. Himmel, watt’n Kampf. Erst kloppten sich drei von den vier Gruppen um meine Führung (uh, watt Ehre) und ich war dann in der Gruppe mit dem Trainer Christian. Dann wurden T-Shirts, Ketten und sonstiger Klimbim gesucht. Und dann kam das Thema Essen auf. „Ey, lasst uns doch zu Mäcces gehen!“ „Ne, Mädels, jetzt sind wa schon ma in Japan und kriegen immer nur europäisch in den Hotels. Jetzt wird ma watt anderes gegessen.“ DANKE CHRISTIAN!!!!! Also schleppte ich sie unter Gemaule („Ich will aber was obstiges!!“ N: „Das ist hier aber scheißteuer!!“ C: „Ausserdem ist das kein Abendessen und ich hab kein’ Bock nachd drei Stunden wieder Gejanke zu hören!!!“ „Und ich will einen Crepes!!!“ C: „Dann holste dir halt danach einen!“ S: „Ich will kalte Nudeln!!!“ …..) in ein Tonkatsu Restaurant (jap. Schnitzel). Die eine Hälfe bestellte, die andere Hälfte meckerte und ein Mädel ließ sich von mir die kalten Nudeln bestellen. Woraus sich dann folgendes ergab:
N: „Die tunkste dann in die Sojasosse, damit sie besser schmecken.“
Saskia: „Ich mag aba keine Sojasosse!“
anderes Mädel: „Ey, lass ma probian! — Nele, meinste du kannst mir auch noch so watt bestellen? Will doch keinen Crepes!“
N: „klar“

C: „Wie, Saskia, isste nich auf?“
Saskia: „Nee, die schmecken nich!“

JA WIE DENN AUCH OHNE GEWÜRZ UND NIX??????????? :-D Immerhin hat’s der Amy geschmeckt und die hat sich auch echt gut angestellt mit den Stäbchen, während ein paar der anderen mehr spielten als assen. Watt’n Zoo. Vor allem wenn man denen dann noch den Müll hinterhertragen muss, den die auch auf die Strasse schmeissen.

N: „Jessi, das würd ich hier nich machen!“
J: „Wie, daaf man datt hier nich?“
N: „Jessi, das darfste in Deutschland auch nich. Da zieht dir bloß keiner die Ohren für lang!!!!“

Nachdem man frau dann noch drei Paar Schuhe von Nike gekauft hatte, ging es dann zum und auf den Tokyo Tower mit einer herrlichen Sicht. Um 23h00 war ich dann glücklich wieder in Inage.

Heute morgen um 9h00 war ich dann wieder im Hotel und die erste Amtshandlung war dann, Christian einen Ersatzschlüssel zu besorgen, da ein dreier Zimmer nicht wach wurde und die Tür nicht aufmachte. Als dann alle um 9h30 endlich mit Augenringen versammelt waren, ging es in zwei verschiedene Schulen. Ich war mit den jüngeren in einer Mittelschule, wo die Gruppe einen japanischen Tanz mitmachen musste, danach im Englischunterricht Japanern Deutsch beibringen und sich von ihnen Japanisch beibringen lassen mussten. Dann gab es noch Mittagessen und sie waren wohl fasziniert von der Dispziplin. Wie sagte die Betreuerin Birgit so schön:
„Da sagen die Rotzgören doch tatsächlich zu mir: Das müssten die in Deutschland auch so machen!“ *lach*

Danach ging es dann wieder gen Hotel und eigentlich war Feierabend geplant. Um 14h00. Mhm. Nachdem ich Svea gemeldet hatte, dass ich bald am Bahnhof sein müsste, wo sie schon wartete, sodass wir gemeinsam heimfahren konnten, kam eines der Mädels an.
„Nelee, kommste denn auch mit zu unser’m Spiel?“
N: „Nee, eigentlich is das nicht so geplant.“
M: „Achso. Und ins Disneyland am Donnerstag?“
N: Würde ja gerne, aber…“
Und dann ging das so eine Weile hin und her, ach komm doch mit, wir nehmen dich im Bus mit – ja geht das denn?
„Chrissiiii, kann die Neeltje mitfahren zum Spiel??“
C: „Na, ich kann’s ihr ja nich verbieten!“

Und so verbrachte ich den Nachmittag damit den wackeren Mädels zuzusehen, wie sie sich von einer 18jährigen Hochschulmannschaft, die jeden Tag trainiert und dazu auch noch die doppelte Anzahl als sie aufwies, sodass sie in der Halbzeit mal eben komplett ausgewechselt wurden konnten, unterbuttern lassen mussten. Und dazu kommen Jet-lag, Gruppen-Reise, straffes Programm und einige Fußkranke……. Mehr als MIES!!!!

Und trotz dem, dass sie manchmal anstrengend waren (und ich muss mich ja nich mal den ganzen Tag um sie kümmern) waren sie wirklich eine knuffige Bande und ich werde sie wohl tatsächlich vermissen… Und im Herbst mal ein Spiel von ihnen in Düsseldorf anschauen!!!! So verdien ich mein Geld gerne. ;-)

So, nun habe ich es also endlich geschafft und bin durch das Bewerbungsverfahren durchgekommen und durfte gestern den japanischen Kreißsaal sehen. Es war wirklich interessant, aber eins ist sicher: ich möche mein Kind (wann auch immer) ganz gewiss nicht in Japan bekommen. Die Privatssphäre ist hier alles andere als groß geschrieben. So haben die Frauen im Gynäkologenstuhl zwar einen Vorhang oberhalb des Oberkörpers, aber während des Ultraschalls oder unter den Wehen liegen sie im gleichen Zimmer, nur getrennt von Vorhängen. Ist das nicht gruselig? Ich glaube, wenn ich unter den Wehen liegen würde, wollte ich meine Ruhe. Vor allem will ich stöhnen und jammern können, ohne dass ich ständig belauscht werde. Und ich will genauso wenig das Jammern der anderen hören, welches mich sicher nicht aufbauen würde. Aber nun gut, so was macht die „gute Durchschnittsjapanerin“ eh nicht. Als wir in der Tür des Zimmers standen (welche natürlich geöffnet war. Auch die Krankenzimmertüren sind offen gewesen, nur einen halblangen Vorhang im Türrahmen hängend) konnte ich mehrere CTG’s hören aber kein Sschnaufen, Seufzen oder ähnliches. Was nur ein wenig mein Gefühl bestätigt, das besagt, dass sich eine japanische Frau unter der Geburt nicht so anstellen soll, denn so wird sie doch eindeutig unter Druck gesetzt, oder nicht? Ich glaube, von dem, was ich bisher gehört und erlebt habe, werden die deutschen Frauen teilweise verhätschelt, die japanischen dagegen teilweise etwas zu grob angefasst. Und so habe ich wieder einen Punkt, über den ich denke, dass der goldene Mittelweg der richtige wäre.

Alles in allem war es ein wirklich interessantes Erlebnis und ich bin den zwei Hebammen und der Ärztin sehr dankbar. Sie haben mich mit Material eingedeckt, mri das wichtigste gezeigt und geduldig die Fragen beantwortet. Dass das Krankenhaus grau, häßlich und ungemütlich war, ist ja nicht ihr Fehler. Man sag wirklich nichts überflüssiges (ausser einer Musikstation, in der ein Ipod entspannte Musik abspielte), kein Schmuck, keine netten Hängerchen, nichts. Nicht einmal für einen Kabelkanal hat es gereicht. Da hängen die Kabel, gespannt von einem zum anderen Computer, lose von der Decke. Es ist für mich als Obeijin (westlicher Mensch) wirklich unverständlich, in welchen Momenten ein Japaner verstärkt visuell ist, wann nicht. Wenn ich mir die Püppchen angucke, die hier rumlaufen, die Straßenkehrer, die zumindest im Herbst fast jeden Tag unterwegs sind, das Essen, das perfekt aussehen muss usw. usw. Und dann solche Krankenhäuser, diese häßlichen Städte, die chaotischen Wohnungen – wie passt das bitte zusammen?

Okay, ich werde dann mal meine Erkenntnisse in einen japanischen Aufsatz verpacken, den ich Montag abgeben muss. Da ich aber ab Sonntag die Düsseldorfer Mädchen-Fußballmannschaft durch die Gegend führen muss, muss das bis morgen Abend getan sein… *puuh*

So, da meldeten die gute Svea und ich uns also freiwillig (!) dazu, unser tolles Land vorzustellen. Freiwillig, man betone freiwillig. Wir bekommen dafür auch nicht wirklich was, nur 2 Creditpunkte, mit denen wir eigentlich nichts anfangen können, da sie uns zu Hause gar nicht angerechnet werden. Sprich: FREIWILLIG und UMSONST.

Also, ihr glaubt ja nicht, was daraus für ein Theater und ein Drama und für eine Wut entstanden ist. Da treffen wir uns jeden Donnerstag um … ja, keine Ahnung wozu. Denn es kommt nie was wirklich Produktives raus, das erschaffen Svea und ich eigentlich immer nur zu Hause, allein. Man könnte ja meinen, es sei dazu gut, dass man abspricht, was wir grade so gemacht haben. Nein. Im Grunde ist es jede Woche eine andere Mischung von japanischen Studenten, die uns helfen und unterstützen sollen. Und jeder Student fragt uns die gleichen Fragen. Die absolut gleichen. Und dann gibt es eine junge Dame namens Yuri, die uns tatsächlich auch am gleichen Tag alle das gleiche fragt. Erst Svea, da sie als erste am Treffpunkt war, dann mich, die als nächste kam, und dann noch nen Japaner. Und spätestens da fühlten wir uns beide so ziemlich verarscht. Und eben jene junge Dame, die Freitag noch keinen Finger gerührt hat, ausser uns zu einem zweiten Treffen innerhalb einer Woche überreden zu wollen, was wir vehement abgewehrt haben, steht uns seit einigen Tagen auf den Füßen. In jeglicher Hinsicht. Tut dies, tut das, schickt mir das, schickt mir jenes. Und wenn man dann mal antwortet, dass man das bereits an eine andere Japanerin verschickt hat, bekommt man als Antwort: „Jetzt haste aber was nich verstanden, oder??“. Und zwar genau in diesem Ton. Und dann schickt sie mir die gleichen (!!!) Fragen immer wieder.
Außerdem hieß es vor zwei Wochen, wir sollten doch was kochen. Svea und ich verzogen schon das Gesicht, weil wir doch auch besseres zu tun haben, als für 100 Menschen zu kochen. Mein Vater riet mir daraufhin auch, mich nicht drauf einzulassen. Die Woche drauf kam das Thema wieder zur Sprache und zwar so als wäre es schon beschlossene Sache. Da haben wir dann halt gesagt, als Wahl des geringsten Übels, das wir Flachswickel machen würden, da am Einfachsten. Super. Und seit Donnerstag heißt es nun, dass das doch unsere Idee gewesen sei. Bitte???? Nach gefühlten 50.000 SMS und gefühlten 20.000 mal die selbe Frage, haben wir nun durchgesetzt, dass wir nicht backen. Wir haben es ja erst diplomatisch japanisch versucht. Und dann hat Svea irgendwann den deutschen Vorschlaghammer rausgeholt. Ja, das hat gewirkt. Heute habe ich dann eines der Alpha Tiere (so ganz genau ist uns die Gruppenhierarchie leider nicht bekannt) angequatscht und gefragt, ob sie denn nicht mal mit ihr ins Gebet gehen könnte, da unsere Nerven blank lägen. Dass wir zwei darüber nachdenken, den Scheiß einfach hinzuschmeißen, das hab ich vorerst mal nicht gesagt….

Am Samstag habe ich dan mit Maggie darüber gesprochen, die selbst auch schon Erfahrungen mit Gruppenarbeiten gemacht hat. Und halb im Spaß, aber halb auch im Ernst haben wir die Theorie aufgestellt, ob der Japaner gar nicht so „fleißig“ ist, wie immer gesagt wird. Kann es nicht einfach sein, dass der Durchschnittsdeutsche einfach viel effizienter arbeitet als ein Durchschnittsjapaner und deswegen einfach nicht so viele Überstunden machen muss…….?

Ich habe es heute noch einmal gewagt: Ich habe es nochmal an einem Stall versucht. Ich wusste ja, dass die Haltung nicht perfekt sein wird und ich wusste, dass es teuer wird. Aber vor allem was das Preisliche angeht, wurden meine Erwartungen bei weitem übertroffen und entbehre jeglicher Relation – meiner Meinung nach!

Also, erst einmal radelten Weston und ich durch halb Chiba und noch weiter, da der Stall offensichtlich um einiges weiter weg war, als die Karte angab. Dort angekommen fanden wir einen riesen Reitplatz vor, vollgestopft mit 5 oder 6 Gruppen Abteilungsreiten (immer schön im Kreis, alle hintereinander her). Wir wurden durch die Ställe geführt, zur Stallgasse immerhin offen und luftig, aber die Fenster, die jede einzelne Box zierten, waren so dreckig, dass sie kein nennenswertes Licht einließen. Und Koppeln – was ist das? Ich frage mich allen ernstes, ob die Japaner überhaupt ein Wort für „Weidegang“ haben. Aber immerhin sahen die Pferde gesünder und etwas zufriedener aus, als die, die ich beim Uni-Club sah.
Nach etwas Gekuschel mit den doch ganz netten Tieren, setzte ich mich in die Reiterstube und beobachtete das Treiben und entschied mich, wenn überhaupt dann das Springen, da kann ich wenigstens noch was Lernen, da ich das bisher noch nie gemacht habe. Mhm. Und dann ging ich zur Rezeption und begriff erst gar nicht, was die Frau mir sagte. Inzwischen weiß ich, dass man 700 Euro von mir als Eintrittsgebühr verlangen würde, 120 Euro Monatsgebühr und dannm grade nochmal ca. 10 Euro pro Reitstunde. Und ich brachte meinen Dukatenscheißer gleich mit und ließ ihn einen Haufen auf die Theke machen. Na, ich glaub die haben den Schuss nicht mehr gehört! Für so lausigen Unterricht! Aber nun ja, wir sind in Japan…. Und übrigens war das der günstigste Tarif, da ich unter der Woche reiten würde. Die Eintrittsgebühr für Vielreiter und 7 Tage die Woche würde bei über 1000 Euro (!!!) liegen.

Und somit werde ich es auch die letzten vier Monate Japan ohne Pferde aushalten müssen und mich mit Cavallos, die meine Ma mir schickte begnügen. Bleibt wenigstens mehr Zeit für die Forschung… ;-)

Da liege ich also nun seit Dienstag im Bett und hatte erst drei Tage lang hohes Fieber und versuche jetzt wieder Kräfte zu sammeln. Der Scheiß ist, dass ich somit fast die ganze erste Woche des Semesters verpasst habe… Das ärgert, aber was will machen? Meistens ist in der ersten Woche eh nur Selbstvorstellung und so ein Kram angesagt. Und so hüte ich das Bett und hoffe, dass ich bald mal wieder raus in die Sonne kann und nicht buchstäblich den ganzen Tag verpenne.
Genug gejammert, gestorben wird wann anders. Lasst es euch gut gehen und auf bald!